「コンドーム」と「異性の罪」と「メンタリストDaiGo」について。または、「捨てる事」についての証。

こんにちは。

HAJIMEです。

今回は、コンドームについて書いていきたいと思います。

コンドームは避妊具ですが、今現在の世の中で広く普及しているのも、イルミナティによる意図的なものであると考えられます。

先日、私は異性の罪についての記事を書きました。(詳細は下記リンクをご覧ください。)

異性の罪は、神様の世界では重罪です。

異性の罪は「絶対に犯してはならない」と、厳しく戒められている程です。

なぜそこまでして厳しく戒められているのかと言えば、異性の罪を一度でも犯してしまうと、霊が大きく傷付いては、変質してしまい、霊がサタンに主管される事になってしまいます。

サタンに主管されるという事は、サタンの影響を強く受けてしまい、神様と繋がる事がとても難しくなってしまいます。

ですから、異性の罪を一度でも犯してしまいますと、信仰を守る事がかなり難しい状況に陥ってしまいます。

罪を犯す事で神様から裁かれてしまいますが、異性の罪が重罪である以上、その罪の重さ故にサタンが群がる事になり、神様が裁きを行わずとも、群がっているサタンの影響によって、その人の人生が突如として不幸に陥ります。

その時点で既に裁かれている事になりますが、サタンの影響を強く受けながら信仰を守る事は簡単な事ではありません。

特に、異性の罪の御言葉を聞いた上で異性の罪を犯してしまった場合には、とても厳しく裁かれてしまいます。

その為、信仰を守る事すら難しくなり、信仰が破綻してしまう可能性が高まってしまいます。

ですから、どんなに魅力的な異性が目の前に現れて、その様に誘惑されたとしても、絶対に異性の罪を犯してはいけません。

そして、現在の世の中の常識では、異性と性行為をするのが当たり前かの様な状況になっております。

また、ネット上では「性生活」についての話まで出ている始末です。

性行為を快楽・享楽といった形に変え、日常的に異性の罪を犯させる様にしている事は、言うまでも無くイルミナティによる洗脳です。

日常的に性行為という快楽・享楽の虜にさせる為、コンドーム等の避妊具を開発し、普及させてきたものと思います。

コンドーム等の避妊具によって避妊する方法が確立してしまった事で、誰もが妊娠を気にする事なく、異性の罪を犯す事の出来る環境へと変えていったのです。

つまり、妊娠さえしなければ、不特定多数の相手と異性の罪を犯しても問題無いという考えに陥いる事になります。

性行為を快楽・享楽と位置付け、ただ快楽・享楽を得る為に行う事は、本来の目的と異なります。

今現在の世の中の常識では、性行為による快楽・享楽を得なければ生きていけないという様な風潮にありますが、そんな事はありません。

その様な風潮も、イルミナティの洗脳に他なりません、

私は以前、会社の同僚に伝道を試みた一人の男性がいます。

その方に話をした際に、異性の罪についても話をし、異性を捨てなければならないという話をもしました。

しかし彼は、「それは無理じゃないですか?」と言われ、洗脳がかなり深いのを感じましたので、それ以上は異性に関する話をするのを止めました。

恐らく、世の男性のほとんどがその様な考えに染まっているものと思います。

信仰を持つ前の私もその様に洗脳されていましたが、異性と関係を持たなくても人間は生きていけます。

私は、先日の記事で、裁きから逃れる天国への切符が、妻を捨てる事だと書きました。(詳細は下記リンクをご覧ください。)

つまり、2020年1月18日以降から本日(2021年10月19日)に至るまで、性行為はおろか自慰行為もしていません。

性欲が無いのかと言えば、嘘になります。

性欲そのものはあります。

性的な欲求はあっても、欲求を満たさなければならない様な状況には陥りません。

何故なら、御言葉に従う為でもありますが、これまで犯してきた異性に関する全ての罪を悔い改めようと、毎日神様にお祈りしているからです。

罪の悔い改めのお祈りをする事で、徐々に悔い改めている内容の罪を犯さなくなっていきます。

自分でも不思議ですが、私は異性に関する罪だけでなく、その他にも様々な罪を犯していましたが、徐々に自分自身が変化しているのを感じています。

私が信仰生活を始めて最初に変化したのは、気短な怒り=短気を起こす頻度が徐々に減っていきました。

自分自身ではその事に気付いていませんでしたが、ある時実家に行った際に母親から「あまり怒らなくなってきたね」と言われました。

私は自分自身でも自覚する程、我慢できない事があると怒りが込み上げて来ては怒ってしまうという事が多々ありました。

その事を自覚していた私は、初めて聖書を読んだ時に、心にグサッと刺さる聖句がありましたので、変わろうと思い立つきっかけとなりました。

その聖句が、こちらの聖句です。

気短に怒るな。怒りは愚者の胸に宿るもの。

コヘレトの言葉 7章 9節

この聖句が心に突き刺さり、まずは気短に怒ってしまう性格を治そうと、本気で思う様になりました。

そして、自分自身への戒めとして、この聖句を常に目にする位置に置いておこうと、付箋にこの聖句を書いては、会社のPCに貼っていました。

今は、別の聖句を書いて貼っています。

この様に、自分自身の弱点欠点を強く意識し、明け方に罪の悔い改めのお祈りを継続していく事で、徐々に罪を犯さなくなっていきます。

自分自身の力だけでは、人はそう簡単には変われません。

でも、神様を頼って、神様に弱点欠点を克服したいという本気の熱いお祈りをする事で、初めて人は変わる事が出来るのです。

ですから、人それぞれの弱点欠点というのは、人間の力だけでは克服していく事が極めて難しいのです。

皆様方もそういう経験があるのではないでしょうか?

変わりたくても変われない、変わろうとしたけどやっぱり無理だったといった経験が、一度くらいはあるのではないでしょうか?

もしかしたら、なかなか変われない自分に嫌気がさしたり、落胆されている方もいらっしゃるかもしれません。

本気で自分を変えたいと思ったからこそ、嫌気がさしたり、落胆されているのだと思います。

人間は、人間だけの力では根本から変われません。

神様の力に依り頼まなければ、変わっていく事が出来ないのです。

ですから、自分自身でも変わろうと努力しつつ、神様に悔い改めのお祈りを捧げていく事で、少しずつ変わっていく事が出来ます。

この様にして、自分自身の弱点欠点を克服していく事が出来るのです。

そして、人生をかけて継続し続けていく事で、人は初めて完全になれるのです。

完全な御方である神様の御力により頼む事で、私たち人間も完全になれるのです。

言うまでもない事ですが、その為には、私たち人間が最大限の努力をしていかなければなりません。

人間が最大限の努力をする事で、神様の御力が働き、人間は徐々に変わっていく事が出来るのです。

また、楽する事ばかりを考えている人は、変わる事がありません。

これは当然の事です。

本気で自分を変えたいと強く願う方のお祈りを神様は聞いて下さいますし、叶えて下さいます。

ですから、神様をどこまでも信じてお祈りし、自分自身が最大限の努力をしていけば良いのです。

一見すると自分には無理だと思う事でも、神様に依り頼んでお祈りし、神様が共にして下さる事で、無理だと思う事でも乗り越えていく事が出来るのです。

私は男ですので、男性に向けて書きますが、性行為、自慰行為を無くす事が無理だと思っている方が、世の男性の大半の意見かと思います。

だからこそ、ポルノ雑誌やアダルトビデオ、風俗産業、出会い系などが世の中にある訳ですが、その様に誰でも手軽に性的欲求を満たそうと出来る場があるのも、私たち庶民に異性の罪を犯させようとするイルミナティの罠なのです。

世の法律で定められているからといって、神様の世界においての法に触れないという訳ではありません。

誰とでも性行為出来る場がある事や、それを合法化している事すらも、そもそもおかしい話なのです。

この様なおかしな話をまともであるかの様にしているのが、イルミナティ(悪魔崇拝者)です。

ある意味、イルミナティが行っている悪魔崇拝儀式の一端を、私たち庶民に犯させていると言っても過言ではありません。

出会い系で未成年者と性行為に及んでいる事が度々問題になっていますが、未成年者と性行為に及ぶのもイルミナティが日常的に行っている事なのです。

実際に、メンタリストDaiGoは小児性愛を容認しています。

下記ツイートをご覧ください。

「相手との同意があれば普通は検挙されない」等と言って、性犯罪をまるで推奨しているかの様に発言しています。

「検挙されないから犯してもよい」という考え方、思想は非常に危険です。

この考え方に当てはめたら、何を犯してもよいという考えになってしまいます。

「検挙されないから人を殺してもよい、暴力を振るってもよい、盗みを働いてもよい、嘘をついてもよい」など、何でも犯してよい事になってしまいます。

この様な言葉を聞いて、もし仮に本気で受け止めてしまう方がいたならば、この世の中から犯罪行為が無くなる所か、むしろ増えていってしまいます。

ですから、非常に危険な考え方、思想と言えます。

この様な危険な言葉を語るメンタリストDaiGoは、正にサタン(悪魔)の言葉を語っています。

つまり、人間の形をしたサタン、人間サタンです。

イルミナティはこの様な思想を持って生きているからこそ、平気で悪なる行為を行い、悪なる思想がまるで問題ないかの様に流布させ、私たち庶民のモラルを低下させようとしているのです。

純粋な日本人の方であれば、検挙されないから悪を行ってもよいという考えを抱く事すら敬遠するはずです。

しかし、メンタリストDaiGoを始めとするイルミナティ(ユダヤ人)は、神様への反逆を生業としている為、自分達が悪を行っているという自覚すらも失っているのです。

だからこそ、「検挙されないからよい」という考え方、思想を平気で語っているのです。

ですから、メンタリストDaiGoは犯罪を助長させる人物と言えます。

つまり、「犯罪者のメンター」と言えるのではないでしょうか。

そして、未成年者との性行為を容認しているという事は、メンタリストDaiGo自身が未成年者との性行為に及んでいる事を意味します。

メンタリストでありながら、性的欲求を抑えきれず、未成年者と性行為を行っている人物が、果たして本当にメンタリストなのでしょうか?

そう考えますと、メンタリストDaiGoは「性犯罪者のメンター」とも言えるのではないでしょうか。

この様に、性行為そのものを犯しても問題ないという風潮を作っている事こそが、イルミナティの洗脳です。

本来、性行為というのは子孫を残す為に行わなければならない行為であって、快楽・享楽を求める為の行為ではありません。

また、メンタリストDaiGoの様に、未成年者との性行為を行って、自分自身の不満や欲求のはけ口とする様な性犯罪を犯す行為でもありません。

本来の性行為は、神様を愛する子孫を残す為に行われるべき行為です。

どういう意味かと言えば、神様を愛する義人同士が結婚し、子供を産む事で、神様を愛する義人が増えていく事になります。

神様を愛する子孫を残し、神様を愛する子孫を繁栄させていく事は、神様が喜ばれます。

神様は、神様と人間が愛を成す世界を、この世の誰よりも望んでいらっしゃいます。

ですから、神様を愛する義人が増える事は、神様が最も喜ばれる事でもあるのです。

伝道する事もそうですが、義人同士が結婚し、子供を産む事もまた、新たな義人が誕生する事を意味します。

つまり、子孫を残す為の性行為も、本来は神様の為に行わなければならないという事なのです。

ですから、快楽・享楽を求める為に性行為をするというのは、自分もしくは相手の欲求を満たすだけの行為と言えます。

自分の欲求、あるいは相手の欲求を満たす行為は、聖書で最も重要な掟である「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」という掟に反する事になります。

つまり、自分の欲求を満たそうとする行為は「自分中心の罪」であり、相手の欲求を満たそうとする行為は「二心の罪」に該当します。

互いが神様の為に行うからこそ、神様が祝福して下さり、子宝を恵んで下さるのです。

子供が出来る出来ないといった話が、世間でもされているかと思いますが、子宝を恵んで下さるのも神様の御力によるものなのです。

聖書には以下の様に書かれています。

ラケルは、ヤコブとの間に子供ができないことが分かると、姉をねたむようになり、ヤコブに向かって、「わたしにもぜひ子供を与えてください。与えてくださらなければ、わたしは死にます」と言った。
ヤコブは激しく怒って、言った。「わたしが神に代われると言うのか。お前の胎に子供を宿らせないのは神御自身なのだ。

創世記30章 1節~2節

アブラハムが神に祈ると、神はアビメレクとその妻、および侍女たちをいやされたので、再び子供を産むことができるようになった。
主がアブラハムの妻サラのゆえに、アビメレクの宮廷のすべての女たちの胎を堅く閉ざしておられたからである。

17:創世記 20章 17節~18節

主は、レアが疎んじられているのを見て彼女の胎を開かれたが、ラケルには子供ができなかった。
レアは身ごもって男の子を産み、ルベンと名付けた。それは、彼女が、「主はわたしの苦しみを顧みて(ラア)くださった。これからは夫もわたしを愛してくれるにちがいない」と言ったからである。

32:創世記 29章 31節~32節

しかし、神はラケルも御心に留め、彼女の願いを聞き入れその胎を開かれたので、
ラケルは身ごもって男の子を産んだ。
そのときラケルは、「神がわたしの恥をすすいでくださった」と言った。
彼女は、「主がわたしにもう一人男の子を加えてくださいますように(ヨセフ)」と願っていたので、その子をヨセフと名付けた。

22:創世記 30章 22節~24節

ご覧の通り、子供を恵んで下さるのも、不妊になるのも、全ては神様の御心によるものなのです。

また、あえて子宝を恵んで下さらない時は、より多くの祈りを捧げさせる事で、その子供に神様の強大な御力が臨まれる様にされている場合もあります。

こちらの聖句をご覧ください。

ーーーーーーーーーーーーーーーサムエル記上 1章 1節~20節
エフライムの山地ラマタイム・ツォフィムに一人の男がいた。名をエルカナといい、その家系をさかのぼると、エロハム、エリフ、トフ、エフライム人のツフに至る。
エルカナには二人の妻があった。一人はハンナ、もう一人はペニナで、ペニナには子供があったが、ハンナには子供がなかった。
エルカナは毎年自分の町からシロに上り、万軍の主を礼拝し、いけにえをささげていた。シロには、エリの二人の息子ホフニとピネハスがおり、祭司として主に仕えていた。
いけにえをささげる日には、エルカナは妻ペニナとその息子たち、娘たちにそれぞれの分け前を与え、ハンナには一人分を与えた。
彼はハンナを愛していたが、主はハンナの胎を閉ざしておられた。
彼女を敵と見るペニナは、主が子供をお授けにならないことでハンナを思い悩ませ、苦しめた。
毎年このようにして、ハンナが主の家に上るたびに、彼女はペニナのことで苦しんだ。今度もハンナは泣いて、何も食べようとしなかった。
夫エルカナはハンナに言った。
「ハンナよ、なぜ泣くのか。なぜ食べないのか。なぜふさぎ込んでいるのか。このわたしは、あなたにとって十人の息子にもまさるではないか。」
さて、シロでのいけにえの食事が終わり、ハンナは立ち上がった。
祭司エリは主の神殿の柱に近い席に着いていた。
ハンナは悩み嘆いて主に祈り、激しく泣いた。
そして、誓いを立てて言った。「万軍の主よ、はしための苦しみを御覧ください。はしために御心を留め、忘れることなく、男の子をお授けくださいますなら、その子の一生を主におささげし、その子の頭には決してかみそりを当てません。」
ハンナが主の御前であまりにも長く祈っているので
、エリは彼女の口もとを注意して見た。
ハンナは心のうちで祈っていて、唇は動いていたが声は聞こえなかった。
エリは彼女が酒に酔っているのだと思い、
彼女に言った。「いつまで酔っているのか。酔いをさましてきなさい。」
ハンナは答えた。「いいえ、祭司様、違います。わたしは深い悩みを持った女です。ぶどう酒も強い酒も飲んではおりません。ただ、主の御前に心からの願いを注ぎ出しておりました。
はしためを堕落した女だと誤解なさらないでください。
今まで祈っていたのは、訴えたいこと、苦しいことが多くあるからです。
そこでエリは、「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」と答えた。
ハンナは、「はしためが御厚意を得ますように」と言ってそこを離れた。
それから食事をしたが、彼女の表情はもはや前のようではなかった。
一家は朝早く起きて主の御前で礼拝し、ラマにある自分たちの家に帰って行った。
エルカナは妻ハンナを知った。
主は彼女を御心に留められ、ハンナは身ごもり、月が満ちて男の子を産んだ。主に願って得た子供なので、その名をサムエル(その名は神)と名付けた。

ーーーーーーーーーーーーーーー

不妊だったハンナは、心の底からの願いを神様にお祈りし、全ての思い悩み、苦しみを神様に訴え、その祈りを神様が聞いて下さり、実際に「サムエル(その名は神)」を身ごもっています。

また、全ての思い悩み、苦しみを神様に訴えた事で、ハンナの表情が変化しています。

つまり、全ての思い悩み、苦しみをお祈りの中で神様に訴え、祈りが深く入っていた事を表しています。

私も経験がありますが、お祈りが深く入った時は不思議と頭の中がスッキリとします。

ハンナも深くお祈りした事で頭がスッキリとし、全ての思い悩み、苦しみから解放されている事になります。

神様がハンナの祈りを聞いて下さり、サムエルという子宝を恵んで下さっている事からも、ハンナのお祈りが深く入っていた事を示しています。

そして、サムエルはダビデと共に神様に仕えた結果、イスラエルが最も大きく栄えた時代を築いています。

この様に、神様が子宝を恵んで下さり、不妊にされたりする事にも神様の深い御心があっての事なのです。

ですから、快楽・享楽の為に性行為をする事は、神様の御心ではないのです。

神様の御心ではないからこそ、「罪」なのです。

御言葉の通りの条件をきちんと立て、神様が許諾して下さった義人同士の結婚であるからこそ、神様が祝福して下さり、子宝をも恵んで下さるのです。

ですから、神様の許諾無しに結婚をする事もまた、神様の御心ではないのです。

冒頭付近でも書きましたが、一昨日の記事で、私は妻を捨てるというお話をさせて頂きました

その件について、昨日と本日にかけて不思議な印(しるし)が起きました。

まず、昨日の起床時に、自身の使用しているiphoneのパスコード(6桁の数字)の記憶が無くなりました。

いつも入力しているパスコードを、突然忘れる事は普通に考えてありません。

起床後は、すぐにお祈りに集中した為、パスコードについては特に気にはしていませんでした。

そして、昨日は職場に退職の意向を伝えさせて頂き、受理されました。

退職日そのものは決まっていませんが、上司と相談の上、退職する運びになります。

今回の退職について、単純に自分の仕事を捨てる事だけかと思いきや、実はそうではなかったのです。

と言いますのも、私の退職によって(社員は私と上司だけで、残りはパート数名です。)、上司が窮地に立たされる為、上司の本音を聞く事が出来ました。

そして、その本音の話をしている会話の中で、私は不思議と上司に対して神様の話をし、気付いたら伝道する内容の話になっていました。

パートさんが出勤された為(午前9時)、中断されましたが、パートさんが帰宅後の夕方に、また上司との会話の中で伝道する内容の話になりました。

そして、話しをしていく中で、私の退職を通して、神様は上司をも救おうとされていらっしゃる事を悟りました。

話をしていくと、実は上司は子供の頃、親に無理矢理聖書を読ませられていたそうです。

私の話を聞いた後は、実家に聖書があるだろうから、もう一回読んでみようかなとも仰っていました。

その話を聞いた時に、これは決して偶然ではないと、改めて思いました。

また、私はRAPT理論の説明や伝道の練習として、70代後半の庭師のおじいちゃんに色々と説明していた事が度々ありました。

70代のおじいちゃんに理解出来る話し方をするなら、若い方にも理解してもらえるのではないかと思いながら、RAPTブログで学んだあらゆる事を実践練習として話をしていました。

その中で、上手く説明出来ない部分については、再度学ばなければならないという事も分かりますので、実践が何よりの練習になりました。

また、庭師のおじいちゃん自身も、なかなか信じてはくれませんが、私の話には興味があるとして、長い時は一時間ほど話をしていた事もありました。

そして、実はその話をしていた時というのは、上司も同じフロアにいますので、庭師のおじいちゃんと同様に私の実践練習話を聞いていた事になります。

ですから、上司へ伝道する話をしている最中にその事に気付いた時はとても驚きましたし、それも上司を救う為の布石だったのです。

つまり、全てが神様のご計画の内だったという訳です。

この事を悟った時、神様のご計画の緻密さと壮大さに、改めて驚嘆しました。

全ては神様の掌の上なのです。

反対に、御言葉に従わない人への裁きは、全てが裏目となり、蟻地獄へと突き落とされます。

ですから、どこまでも御言葉に従順に従う事が知恵なのです。

そして、昨日就寝前にiphoneのパスコードを思い出そうとしましたが、一向に思い出せず、ロックが掛かる様になってしまいました。

ロックが掛かってしまいましたので、早々に諦めて就寝しました。

また、本日の朝も解除しようと試みたのですが、一向にパスコードを思い出せません。

私は車の移動中に御言葉を聞いたり、賛美歌を歌ったりしていましたので、iphoneがロックされて使えない状態というのは死活問題です。

結局、出勤時はiphoneがロック状態で使えなかった為、お祈りと賛美をして出勤しました。

出勤後も、解除を試みますが一向に思い出せません。

このままでは帰宅時に御言葉が聞けない状態になってしまうと思い、御言葉が聞けない状態に陥るのは神様の御心ではないとの考えに至った時、iphoneの中にある物を捨てなさいという事に気付きました。

私がiphoneに変更した時に、過去の写真なども全て引き継いでいた訳ですが、パスコードが思い出せない場合は初期化するしかありません。

そして、初期化する事で、それら過去の事を全て捨てる事になります。

つまり、過去の事を全て捨てる事が神様の御心だと悟り、本日の昼頃にiphoneを初期化しました。

icluodにバックアップがありますが、パスコードを思い出さない限り復元出来ませんので、結果的に捨てた事になります。

初期化をしたはよいものの、ブログも書かなければならない為、LINEやメール、Twitter、Instagramだけ復旧して、後は手つかずのままの状態です。

また、会社を退職する事は、社会人になって初めての経験です。

私は新卒で入って、そのまま継続して勤務しておりました。

ですから、退職する事は初めての事ですし、その先の事は何も考えていません。

かと言って貯金が潤沢にあるかと言うと、そんな事はありません。

貯金額で言えば、100万ちょっとしかありません。

ですから、収入が無くなった場合には、それこそ半年も持ちません。

しかし、不思議と不安や心配といった思いは湧いてきません。

むしろ、この先は何をする事になるのかと期待している程です。

神様は、私たち人間が想像出来ない程の壮大なご計画を進められていらっしゃいます。

ですから、私が先を予想した所で、その予想はまず当たりません。

私がする事は、これからも変わりなく、神様の御言葉にどこまでも従順に従おうと努力し、全世界中の多く人を伝道し、全世界中の多くの人の霊魂を救う働きを成す事の出来る大使徒を目指して走るだけです。

ですから、悩んだり、不安や心配に陥っている暇はありません。

そして、会社を退職する事が出来たなら、明け方の時間を毎日フルで守れる生活へと変えていけると思いますので、たくさん祈る事が出来る様になります。

また、収入が無くなったからこそ、更に神様に依り頼み、背水の陣で祈り求めていかなければなりません。

サムエルを産んだハンナの様に、心の底からの深いお祈りを捧げられる者となれます様に、これからも引き続き努力して参ります。

最後になりますが、コンドームは性病を予防する為と言われていますが、そもそも性病自体がイルミナティによって引き起こされているのです。

イルミナティは、乱交だけでなくホモ行為をもしています。

ホモ行為こそ、性病になる原因なのです。

そして、ホモ行為で性病を患った者が乱交する事で性病を移し、世間の性風俗に通い、性風俗に通う一般の方にも移り、そして、一般の方が一般の不特定多数と関係を持つ事で蔓延していくのです。

ですから、イルミナティが存在し、LGBTを推進している限り、性病が無くなる事はありません。

イルミナティ、そしてイルミナティに騙されているLGBTの者達が、性病蔓延の原因とも言えます。

そして、言うまでもない事ですが、LGBTの者達は「罪」を犯している事になりますので、神様から裁かれます。

ですから、諸悪の根源であるイルミナティを滅ぼす事が、性病蔓延の原因を断ち切る事にも繋がります。

そして、イルミナティが滅ぶ事で、イルミナティに騙されていたLGBTを行う者達も次第に減っていく事にも繋がります。

また、全世界中に神様の御言葉が広まったならば、人々が異性の罪を犯す事も無くなり、性病が蔓延する事も必然的に無くなります。

イルミナティによって悪が蔓延していた世界から、善へと変える力のある神様の御言葉が全世界中に広まる事で、全世界を変えていく事が出来るのです。

そして、私たち人間は、神様の御言葉の通りに従順に従って生きる事で、最も幸せな人生を歩んでいく事が出来るのです。(詳細は下記リンクをご覧ください。)

イルミナティによって神様の御言葉と真逆の常識が形成され、その常識という洗脳を生まれた時から受けてきた私たち庶民にとって、神様の御言葉はとても厳しく聞こえてしまいます。

しかし、御言葉の通りに従って生きて行く事が、実はとても楽なのです。

神様の存在を隠され、様々な物を抱え込んで生きるのが世の中の常識な訳ですが、神様の存在を知らず、様々な事を抱え込んで生きる生き方は、ただの重荷でしかありません。

神様の存在を知り、ただ神様だけを見て、神様の御心を成す必要な物だけ持って生きる事が、どこまでも楽に生きられるのです。

実際に、昨日は仕事を、今日は過去の思い出の全てを捨ててみた事で、ようやくその事を悟る事が出来ました。

世の中で常識とされている物を必死に抱え込んで生きているからこそ、人は心に不安や心配、悩みを抱えて生きる事になるのです。

神様を信じ、神様の御言葉にどこまでも従順に従う事で、本当に楽な人生を生きられるのだと、本日この記事を書いていく中で、悟る事となりました。

ですから、メンタリストDaiGoの様な性犯罪者の話を聞いても、犯罪行為を推奨させる話しかしません。

犯罪行為を推奨させる様な人物が、有名人や著名人として祀り上げられている日本のテレビ、マスコミ、芸能界などが、如何にイルミナティによって牛耳られ、腐敗しているのかが十分にご理解頂けるかと思います。

ここ日本において、有名人や著名人というのは、そのほとんどがイルミナティの工作員です。

(ホリエモンやヒロユキ、メンタリストDaiGoなど)

ですから、彼らの話に聞く耳を持ってはいけません。

彼らの話は、犯罪行為を推奨させる毒です。

コロナワクチンの様に危険な毒物です。

ですから、イルミナティ、創価と繋がっている事が判明した人物等については、「見ない」、「聞かない」、「相手にしない」事が、知恵です。

私たち庶民が賢く知恵を持つ事で、イルミナティの工作員も意味を成しません。

RAPTブログRAPT理論+αにて、一人でも多くの方がRAPT理論を学ぶ事で、イルミナティの手口や思惑を全て知る事が出来ます。

イルミナティの犯してきた数々の悪事から、手口、思惑を把握する事で、イルミナティの耳障りの良い言葉に騙される事なく、毎日を安心して生活していく事出来ます。

私たち庶民一人ひとりは小さな力ですが、私たち庶民の全員がイルミナティの事を把握する事で、イルミナティは居場所を失う事になり、この世に存在する事すら出来なくなります。

ですから、私たち庶民の一人ひとりが知恵を付ける事がとても重要なのです。

メンタリストDaiGoの様な犯罪行為を推奨するイルミナティの工作員を、いつまでものさばらせておく訳には参りません。

これからも引き続き、イルミナティの裁きと滅びを強力にお祈りして参ります。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

HAJIME